奥野田ワイナリー(山梨)


2018年6月26日取材

中村雅量(代表) 

-ブドウ畑(ヒヤケ・ヴィンヤード)にて 

中村 ブドウの果実はまず収穫できる大きさになる肥大期を経て熟していく成熟期に入ります。その境目の日のことを「ヴェレゾン」と言いますが、とても気持ちの良い響きです。栽培している方から言えば、ヴェレゾンを迎えた時に畑が健全であればその年は大丈夫。と言えます。 

葉っぱのサイズは小さいこと、そして葉っぱの色調が薄いほうが、よい畑と言えます。この畑は無肥料、無殺虫剤です。昆虫が多いのに葉っぱが虫食いされていないことにお気づきかと思います。無肥料ですが、ブドウの木が生育する窒素養分は全部、下地に生えているマメ科の植物が担っています。

マメ科の植物は地力が落ちかかってきた時に大気中から窒素を得て根っこに貯めます。肥料を蒔いていませんから、ブドウの木はいつもマメ科の植物のお世話になりながら、いつもお腹が空いている状態でいます。お腹が空いていると葉っぱは小さく色も薄くプアなので昆虫も食べない。さらにプアな葉っぱは光合成効率が高いのです。肥料をたくさん与えればブドウはたくさん獲れますがどうしても病気がちになったり昆虫にやられたりする。収穫量を追いかけないで少しお腹が空いている環境を作ってしまえば病気にもならず、高い熟度になる。どっちを取るかなんです。


たくさんブドウが獲れたら、たくさんワインができる。結果、値段を安くすることもできる。だけれど我々のような小さなワイナリーはとにかく品質を高めること、そちらを優先させています。 日本は高温多湿ですから、逆に高温多湿の気候を利用します。例えば、納豆菌。納豆菌は乳酸菌の仲間です。納豆菌にはカビをバリアする能力があります。賞味期限が過ぎた納豆にカビが生えていたこと見たことないでしょ?ブドウに発生するベト病とかうどん粉病とかみんなカビの系統です。納豆菌に近い乳酸菌の菌株を畑全体に住まわせてあげる環境をマメ科の植物の力を借りて作り上げていきます。そうすれば殺菌剤を蒔かなくてもブドウは病気になりません。これを生物農薬と言います。耐性菌も現れないし副作用もない。 

-ブドウの病気に苦しまれている他の生産者に教えてあげたいですね。 

中村 生物農薬を導入して畑を健全に保つためには「化学殺菌剤をやめる」という恐ろしい決意が必要です。時間も5年くらいかかります。 

-この形は中村さんが確立されたのですか? 

中村 いえいえ。山梨県内には野菜の栽培の天才がいます。勝手に弟子とか言われながら、何度も何度もそのロジックを教わりながら出来上がってきました。 じつは1万年前の僕たちの祖先が月を見ながら考えた農法なんです。僕らの祖先は最初は狩猟をして生きていましたが、そのうち農業をすることを覚えました。それで美味しい生活ができると分かったので、毎日命のリスクがある狩猟は止めて農耕民族となりました。そのときの農業に戻しています。 素晴らしい農業と思い込んでいる、有機肥料を投入して耕耘して空気を漉き込んで何かを栽培していくというのは狭い土地からたくさんの収穫を得るという戦後の農業の技術です。それは収穫量を無視して、ひたすら「美味しい暮らし」を営む1万年前の農業と違う方向です。 

-まさに畑を作られているんですね。 

中村 マメ科の植物は地面の中で微生物と一緒に暮らしています。マメ科の植物は自分が冬に生きるために微生物を守ります。微生物が動くと熱が生まれるので冬場でも0度以下になりません。 

-もともと中村さんは微生物を研究されていたと聞いています。その経験がこの畑にも活かされているのですね。 

中村 はい。私の農業の師も「農業の勉強をしてしまうと無肥料で無殺虫剤など、こんな恐ろしいことはおっかなくてできない」と言います。微生物をやっていたからこの畑の形ができました。私たちの祖先はもともと、この土地に微生物土壌があったので狩猟をやめて農耕に生きた。ただ微生物の存在が明らかになったのはほんの200年前くらいからで、1万年前の祖先には知っているはずはありません。でも、ちゃんと利用していたんですね。 

-富士通さんと畑のICT化にも取り組まれています。 

中村 より確実性を高める技術です。畑にあるセンサーで10分おきに気温、湿度、照度、24時間365日観測しています。僕たちが散布した微生物が健全に暮らしているかいつもチェックできます。1万年前の祖先はずっと畑で見張っていたと思うんです。畑がカビが生えそうなマズイ環境になったりしたら葉っぱを取って湿度を下げたりしたはず。それを代わりにテクノロジーがやってくれています。「畑の見える化」です。さらにはAIを活用して、僕があらかじめ指定した危険環境に近づくとアラートが届くようになっています。それから72時間がカビが蔓延するリミットです。カビが蔓延してしまうと強い薬剤を使わないと駆除できない。蔓延する手前であれば弱い予防薬で駆除ができます。 

-奥野田ワイナリーさんの特徴を教えてください。 

中村 4人で年間4万本を造る小さなワイナリーです。これまでの常識だと大きな資本、大きな工場のほうが良いと思われがちですがワインというのは伝統的に4万本のサイズがとても「贅沢」なんです。なにやらしても贅沢。4万本より少ないと経営的に不安定。4万本を超えると流通のお世話にならないとワインがさばけない。収穫量を追いかけないで品質を追いかけるというのは贅沢の極みです。セラーの樽も森を指定した高価な樽ばかり。ワインというのは畑でやっているブドウの栽培学という学問と、ブドウからワインに変換する微生物学(醸造学)というふたつの学問でできあがっています。

いくら技術的に優れていても使う道具がよくないといけません。搾汁機は何を使うか、樽は何を使うか、ワインの上品さ、グレードを作り上げるものです。どこをとっても贅沢だねと言われる仕事をしたいです。スパークリングは全部、「メソッド・トラディション」でないと造らないとか、手で1本1本デゴルジュマン(澱抜き)してますよとか、贅沢な造りです。

-ワイナリーができた経緯を教えていただけますか。 

中村 ここの奥野田エリアの地域の醸造所、まあ、地域の集会所と言ったほうがしっくりきますが、約30件の農家が話し合いをしたり、ブドウを持ち寄って醸造設備で自家用のワインを造る。そういう場所でした。販売の為ではないのですがお酒を造るのには免許が必要なので、明治の終わりくらいの免許がありました。ですが、農家の高齢化が進んで醸造所が維持できないとなった。その頃、僕は地元の老舗ワイナリーに勤めていたのですが、興味があるかどうか連れてきて見ろということになり連れてこられた。興味があるのなら譲渡すると言われて、もちろん興味があったので譲り受けて、ひとりでワインを造りはじめました。来年(2019年)で30年です。その時の奥野田葡萄酒って、屋根しかなくて、屋根の下にタンクが2本あるという状況だった。それでも当時は僕のワイナリーですって言ってました(笑) 

-当時は買いブドウでワインを造られていました。そこから自社畑を広げられましたね。 

中村 屋根の下でワインを造りはじめてから10年かかりました。気づいたらまわりのブドウを供給してくれていた農家さんも10年経っていて、軒並み高齢化が進んでいました。地域の農家さんからも、自分でブドウを造ってみたらと言われはじめていて試しにやってみるということからスタートしました。ですので畑を拓いてから20年になります。ですのでヒヤケのカベルネ・ソーヴィニヨンも樹齢20年になります。ただ最初の10年は結果がでなくて、悩み続けました。密植している効果や樹齢の効果がでてきたのがこの10年です。 

-醸造では天然酵母にこだわられています。 

中村 はい。天然酵母の良さというのは発酵力が弱いから、発酵速度が遅いところです。発酵速度が遅いということは醪の温度管理がしやすくなります。発酵が旺盛な場合、抑えても抑えても温度が高くなっていきます。低温でゆっくりの発酵をしていくのが野生酵母の優れたところ。できるワインは心地よい余韻をもたらします。ひたすら健全に単一の人工酵母でもっていけば、合理的なのかもしれませんが出来上がったワインの表情がありません。ゆっくり長い発酵をさせればワインは表情が出てくる気がします。 

-ワイン造り以外のご趣味をお持ちですか? 

中村 学生の頃自動車部でラリーとかをやっていた関係でじつは、エンジンおたくです(笑)メカおたくなんですね。中でもエンジンが大好き。 

-エンジンの魅力は何ですか? 

中村 金属の塊に燃料を入れるだけなんですけど、まるで「生き物」のようになる。実際に組み上げて火を入れると息をしているように思えます。そこが魅力ですね。 




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