ノーザンアルプスヴィンヤード(長野)

2018年6月1日取材 

 若林政起(代表) 

-ワイナリーができた経緯を教えてください 

若林 25歳までそこ(近所)のスイミングスクールで水泳を教えていました。その頃、英司さん(若林英司・・・政起さんの従兄弟。日本のトップソムリエ)は「タイユヴァン・ロブション」にいて、マルゴーのセカンド「パヴィヨン・ルージュ」を飲ませてもらいました。それがすごく印象的で、これをうちで造れないかという話をしていました。そのとき、ワイナリーはいくらでできるのかということについて調べて見積もりを取ったら、なんと3億円(笑)はい!無理!ということになりました。ただ諦めきれないので、とりあえず先んじて自分の家の農地を全部、ブドウ畑にしちゃえと思いました。ところが父親に相談したら大げんか。そんなものうまくいくはずがない。お前にやらせる土地はない・・・とけんもほろろで結局、家を出て東京に行きました。専門学校でコンピューターを習っていたこともありSEの仕事に就きました。 

-思い立ったけれど、一旦、立ち止まったわけですね。 

若林 2007年の頃、父親が土地を人に貸すという話になりました。ちょっと待ってと。人に貸すくらいだったら自分にやらせてよと2008年にブドウ(メルローとシャルドネ)を植えました。すると初年度に三分の一が枯れてしまいました。 誰も頼れない。これはマズイということで自ら他のワイナリーに就職することにしました。学ぶためです。それで教えてもらって何とかブドウの樹は立て直しました。収量が獲れるようになってきた2011年に勤めていたワイナリーを辞めて、ブドウを販売。それだけでは食べていけないのでスキー場の圧雪の仕事を夜中にしたり、秋に昔やっていたSEの仕事の出稼ぎをしていました。そして、2014年に六次産業化の許可、認定をもらうことができてついにワイナリーを起ち上げることができました。六次産業化も本当はこじんまりしたものをやりたかったんですが、それでは話が通らない。ある程度人を確保して、農業生産法人にならなければならないと。そうでないと助成金が出ないということでこのようなそこそこの規模になりました。 

-こちらの土壌として最適な品種ありますか? 

若林 今のところ成功しているのはシャルドネです。メルローは凍害に弱いところがある。カベルネ・フランは逆に寒さに強いですね。 


-全てフレンチオークですか? 

若林 はい。ロマネ・コンティと同じ樽を使っています。 

-現在、晩腐病(ブドウの病気)に悩まされているということです。起ち上げ当時は有機栽培でやれたらという思いもお持ちでした。

 若林 欧州系の品種に関してはレインカット(雨よけ)無しでは不可能ではないかと思っています。今年、3区画にレインカットを入れます。大体7年目を過ぎたところから晩腐病にかかっていきます。若い畑は有機でやっていけるんではないかと思うくらい調子が良いのですが、7~8年経ってくると病気がでてきます。恐らく、ダメージが蓄積されていくのでしょう。晩腐病は年をまたいで越冬していくんですね。それが7~8年あたりで一気に爆発してしまうのだと思います。何が何でも自然派という気にはちょっと今はなれないですね。今できるとすればヤマ・ソーヴィニヨンだけです。ヤマ・ソーヴィニヨンは土地に合っていて極端な話、放っておけばいい(笑)ヤマブドウのDNAというのはすごいですね。 

-この大町という場所を「ワイン産地」にしようという思いをお持ちですか?

 若林 うちの叔父(ワインぶどう生産組合の元組合長)の願いでした。叔父が昭和58年に組合を起ち上げて、ワイン産地にするぞと旗を振ってはじめました。北海道の池田町の支援も受けつつ、市も一丸となってやっていて当時の組合員も30名を超えていた。ですが、市長が変わった途端、方針転換となってしまいました。大町市自体が圃場(ブドウ畑)を持っていたのですがそれも閉鎖。30名いた組合員も3~4人しか残りませんでした。叔父がこのままではダメだと言いはじめたのが2006~2007年くらい。従来のセイベルだとダメだから何を植えたらいいかを英司さんに相談したところメルローとシャルドネだろうということになり一気に改植しました。 

1000万円の防除車

-北海道の宝水ワイナリーさんでも経験されていますね。 

若林 はい。いちばん勉強になりました。1ヶ月いたんですが「若林さんは経験者ですよね?では、あとよろしくお願いします」と全て任されてしまって、言われたらやるしかないので(笑)頑張りました。当時の醸造責任者さんが今は高山村でラボを作っているので今でもいろいろ相談しています。分からないことは大体教えてくれる。 

-目指すワインは? 

若林 もともとなんでワインかというと、コンピューターもそうですが技術者、職人というものにものすごく憧れていました。コンピューターは若い内しか技術者でいられない。歳を取ると管理者になっていく。長い時間をかけて職人でいられるものは何かと考えた時にそれがワインでした。技術的にずっと探求できる。ブルゴーニュの生産者の職人的なところが雑誌などで紹介されていると、これは楽しそうだとどんどんワインに取り憑かれていきました。僕は飲むほうに取り憑かれたのではなく、造っている人の姿勢、生き方に取り憑かれました。職人になりたかったのです。いちばん参考になるのはワイン以外でも、職人として働いている人の姿勢です。車の修理でも、飛行機の整備でも、ああいう人達の話のほうがよっぽどためになりますね。 

-ワイン造り以外で趣味をお持ちですか? 

若林 もともと水泳の国体強化選手だったので、サーフィンとかウェイクボードとか好きですね。あとはスノーボードも。こんなに忙しくなかったら、サーフボード持って行っちゃう人です。ただワイナリーはじめて、やる時間がなくなったので10キロ太ってしまいました(笑) 


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